掌の遠国(てのひらのえんごく)2「汲み取りのおっちゃん」

















(写真はインターネットより。昭和40年代の雄々しきバキュームカーの姿。)

♫汲み取りのおっちゃん♫
 
「汲み取りのおっちゃんが来たで!」 

「汲み取りのおっちゃんや~」 
「わ~い」 

小学校2年の僕ら何人かの熱心な 
汲み取りのおっちゃんフォロワーは 
昼休みの汲み取り口に大集合するのだった。 

ぼろい分校の汲み取り口は 
恐怖の異次元の海の入り口だった。 

まるでバルンガの分泌物の海のごとし。 
(僕らのなんやけど。) 

それを雄々しく、麦わら帽子にダボシャツにゴム長姿で 
ザクの動力パイプみたいな、黒くてかっちょいいゴムホースを抱えて 

『ズザザザー』とバキュームカーのタンクに吸い取って行く 
汲み取りのおっちゃんは一部の男子のヒーローだった。 
またあのバキュームタンクの形状が男子マインドをわしづかみ。 

2~3人のおっちゃんの中の親方さんみたいな人が 
タバコをくわえながら僕らをまぶしそうに見やり 
「また来たんか、ぼんらは。」 
みたいな顔で、渋い大人の表情を見せる。 

普段、嫌いなバアちゃん先生の授業など 
全く聞いてない僕もこの時はコーフンするのだ。 

「なあなあ おっちゃん あんね もしも 
こん中(汲み取り口)へ落ちたらどうなんの!? 
くそーて死んでしまうのん!?」 

普段、授業中絶対に質問なんかせえへん僕も 
汲み取りのおっちゃんには、渾身の質問をしてしまうのだった。 

するとおっちゃんはタバコの煙をゆっくり吐き 
「そやなあ。まず窒息するやろな。」 

「窒息っ!!!! かっちょえ~!!!」 

居並ぶコアな汲み取りのおっちゃんフォロワーの児童たちは 
心底どよめくのだった。 

「くそーて死んでまう」と「窒息死」の 
この子供と大人の余裕の違いのリアルさに 
わしら一部の男子は身をよじり感動してしまうのだった。 

いまだに「超ひも理論」だの「常温対消滅」だの 
「半物質」だの「核融合反応」だのにうっとりしてしまう僕は 
あの頃と全然変わっとらん。 

あの頃の頭の中はガラモンやカネゴンや 
ペギラやセミ人間や科学特捜隊の 
ジェットビートルやシービュー号や 
サンダーバード2号の事でいっぱい。 

「なんでバルタン星人と 
ケムール人の笑い声は似てるねんやろ?」 
とか、「ジラースはえりまきとられたら 
ゴジラに似てる気がするけど気のせい?」 
とかそんな疑問でいっぱい。 

やがて「窒息 窒息」と 
小声で上気してつぶやく僕らに 
汲み取りのおっちゃんらは 

「ぼんらなあ、汲み取り口に落ちたらあかんで~」 
と云いながらバキュームカーとともに 
やはり雄々しく去って行くのだった。 

それは幼年時代のまぶしい 
ときめきの追憶のひとこまなのであった。