掌の遠国(えんごく)15「今夜はビフテキ!」

「今夜はビフテキ!」

 

 (↑天五・十八番の毎月18日のワンコイン定食。 
サーロイン・ステーキがなんと500円です!。) 

昨夜は久々にステーキを食べて 
帰りの電車の中で昔を思い出してしまった。 

子供の頃、ビフテキなんてものは多分 
五年に一回もあれば良い御馳走だった。(^^;) 
母の作るハンバーグは大好物で季節に一回はあったけど 
ビフテキは家で食べられる頻度が極端に少なかった。 

父の趣味は写真と8ミリフィルムでの動画撮影だったが 
その8ミリフィルムで傑作なのがある。 
従兄弟の洋子ちゃんが我が家に遊びに来るので今夜はビフテキ! 
という夕方を撮影したものだ。 

後年、そのフィルムを発見してまだ動く映写機で 
一人上映してみたときは涙こぼれそうだった。 
今夜はビフテキと云うのでウキウキ嬉しそうな我が家。 

僕は丸刈り眼鏡の中学生。兄は長髪で眼鏡の大学生。 
眼鏡の薬剤師の父は僕にシングルエイトの撮影機を任せ 
自ら大根おろしをすっているところを撮らせている。 
やはり眼鏡の母は恥ずかしそうに口をすぼめ笑っている。 

そして従兄弟もかこみ皆でビフテキをおかずにご飯食べながら 
TVにはプロレス中継。ジャイアント馬場が16文キック。 

このフィルムをビデオにおろして兄や母にも見せた。 
みんな笑いながら、幸福だった昔を思い出してた。 
ビフテキをみんなで食べた夜をあとから観た 
その事をまた昨日、電車の中で思い出した。 

兄は還暦を過ぎ、今は割と肉食が多い。 
父は僕が18の時に脳溢血で逝ってしまい 
母ももう父の傍に行って四年になろうとしている。 
従兄弟の洋子ちゃんも夫に先立たれ 
今は老境にさしかかり元気で趣味のカラオケ三昧。 

 

そして貧乏一人暮らしの僕は、ビフテキというと 
あのフィルムに無音で写っていた遥か昔を思い出す。 

家族で揃って食事をする。 
普段の何気ない食事、たまのごちそう。 
それが人間の普通の幸福でかけがいのないものと痛感する。 

あれは父の最高傑作やったなあ。 
「今夜はビフテキ!」 
僕の心の中で昨夜も上映されたのでした。